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日露講和条約 [に]

1905年の8月、アメリカ合衆国ニューハンプシャー州ポーツマスの米海軍工廠で結ばれた条約。
日露戦争の終結を確認するためのものだったが、大日本帝国は南樺太の領有と満州東支鉄道、大韓帝国保護権を獲得した。満州東支鉄道はやがて「南満州鉄道」いわゆる「満鉄」となり、日中戦争、第二次大戦における政治的・軍事的な戦略を担う。
日本全権小村寿太郎とロシア全権ウィッテの間で調印が成され締結された。会議が開かれた地名を取って「ポーツマス条約」とも呼ばれる。仲介したのはアメリカ合衆国大統領セオドア・ルーズベルトだった。
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