板垣退助 いたがき・たいすけ [い]
1837~1919
土佐(高知県)藩士。旧姓は「乾」。
戊辰戦争で大隊司令・総督府参与となり、甲府攻めののち会津攻めを受け持った。
維新政府の参議となったが征韓論に敗れて下野し、1874年「愛国公党」を結成した。1881年「自由党」を結成し自由民権運動の先頭に立ち、1882年4月岐阜で遊説中に襲われ重傷を負った。1887年、政府は自由民権運動を抑えるため、板垣に伯爵を授けたがこれに懐柔されず、1896年第二次伊藤博文内閣で内相を務めた。
旧百円札の肖像で知られる。
土佐(高知県)藩士。旧姓は「乾」。
戊辰戦争で大隊司令・総督府参与となり、甲府攻めののち会津攻めを受け持った。
維新政府の参議となったが征韓論に敗れて下野し、1874年「愛国公党」を結成した。1881年「自由党」を結成し自由民権運動の先頭に立ち、1882年4月岐阜で遊説中に襲われ重傷を負った。1887年、政府は自由民権運動を抑えるため、板垣に伯爵を授けたがこれに懐柔されず、1896年第二次伊藤博文内閣で内相を務めた。
旧百円札の肖像で知られる。
2009-11-17 19:41
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